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重曹クエン酸は捨てろ(第9回)

渦巻く醜い感情
「重曹クエン酸は捨てろ、これからはホウ砂だ」――。人々の健康を預かるはずの立場でありながら、なぜ彼らはこれほどまでに強引で極端な主張を繰り広げるのでしょうか。その根底に流れているのは、高尚な医学的探求などではなく、泥臭くドロドロとした「嫉妬心」と「競争心」です。

先行して評価された方法に対する強烈な対抗心が、人々に危険な毒物を飲ませるという暴走へとつながっています。今回は、この歪んだムーブメントを駆動させる「嫉妬とライバル心」の正体を解剖します。

他人の成功成果が許せないという嫉妬

Section titled “他人の成功成果が許せないという嫉妬”

重曹クエン酸は、その安価さと手軽さからSNSや口コミで大きな広がりを見せ、代替療法を好む層の間で揺るぎないポジションを獲得しました。

しかし、後から「教祖」として注目を集めたかった発信者や一部の医師たちにとっては邪魔です。自分が考案したわけでもない方法が社会で評価されている状況は、彼らの肥大化したプライドを激しく逆なでします。

他人が広めたブームに乗っかるだけでは二番煎じにしかならないという焦りや、自分が唯一無二の救世主として喝采を浴びたいのに世間が重曹クエン酸で満足していることへの激しい嫉妬。

そうした承認欲求の不完全燃焼が彼らを突き動かしています。

「重曹クエン酸はダメだ」「そんなものは浅い」と全否定してみせる態度の裏には、先行者の成功に対する強い羨望と嫉妬が隠されているのです。

反ワク医師たちの浅はかな承認欲求と増長

Section titled “反ワク医師たちの浅はかな承認欲求と増長”

このホウ砂飲用を主導している中心人物こそが、いわゆる「反ワクチン医師」たちです。彼らには「人々の健康を守りたい」という志など最初から存在しません。

反ワクチン主張サイトなどを眺めながら、

「似たようた記事を載せれば俺も有名になれる」 「名前を売って金と名声と女を手に入れてやる」

という下心丸出しで参入してきたのです。

彼らが振りかざす反ワクの知識も、すべてネット上から拾い集めてきた他人のウケ売り(盗品)に過ぎません。

しかし、SNS上でチヤホヤされるうちに勘違いを起こし、自らを本物の「救世主」だと錯覚し始めます。

「反ワクチンを唱えている自分は正しい」
「反ワクの看板を出しておけば素人なんて何でも言うことを聞く」

と増長し、横取りしたクエン酸と重曹のブームすら潰して「俺が界隈の一番だ」と君臨するために、さらなる暴走へと突き進んでいきます。

ネタ切れの果てに露呈した「実力の無さ」

Section titled “ネタ切れの果てに露呈した「実力の無さ」”

しかし、どれほど威勢よく振る舞おうとも反ワクネタには限界があります。

パクリ合いをしていた「自称」救世主たちは、世間の関心が薄れるとともに反ワクブームそのものも自然終了を迎えていきました。

そうなると、その先はもはや他人の盗品に頼るのではなく、自分自身の力でネタを考えるしかありません。

ここで真に問われるのは、医師としての素養や本物の知性です。他人のネタという「補助輪」が外れた彼らが、足りない脳を振り絞り、引っ張り出してきたものこそが、あの毒物「ホウ砂」です。

優等生の答案をカンニングして100点を連発し、クラスの学級委員長に祭り上げられ大喜びしていた愚か者が、いざ自力でテストを受けたら何もできずに正体がバレたようなものです。

事情を知らないクラスメイトは「急に点数が落ちるなんて、誰かにいじめられてるんじゃないの」「家庭環境では」と的外れな心配をしますが、単にバレてカンニングができなくなっただけです。優等生でも何でもなく、元々アホだったのです。

毒物を飲ませるという暴挙以外にまともな方法を提示ができなかったこと自体が、彼らの底の浅い実力と無能さを雄弁に物語っています。

「忠誠心」を試すための全否定と踏み絵

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評判が良いものをあえて捨てさせる行為は、心理的なコントロールの手法としても機能します。

それまで効果があると信じて親しんできた重曹クエン酸を「実は危険だ」「古くさい」と一蹴し、代わりに工業用化学物質であるホウ砂を提示する――。

この極端な飛躍を受け入れさせること自体が、支持者の忠誠心を測定する指標となってしまうのです。

「重曹クエン酸水への信頼」を否定して破棄させ、「あんなものを信じていたのか」と揺さぶった上で、「常識外れのホウ砂」をあえて飲むよう指示する。この指示に従わせることで「信者」としての囲い込みは完了です。

世間で毒とされるものをあえて飲むという「踏み絵」を踏ませ、一般社会との関わりを断ち切らせ、自らの影響力下に完全に取り込もうと画策します。

洗脳が完了した信者は、真実を伝える正義の伝道者と錯覚し、頼まれもしないのに、SNSで毒を他人に勧め、自ら毒を飲むようになります。さらには、毒を否定する者を「工作員」と脅しつけ、異論を排除しようとします。

冷静に見れば、この時点で、信者たちの健康も思考もすでに詰んでいます。

狂い始めた「過激さ競争」の果て

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SNS上での競争が激化すると、おとなしい主張や正しいだけの知見は埋もれてしまいます。

インプレッションや注目度を競い合うレースの中で、彼らの思考は次第に過激さを増していきます。

「重曹クエン酸が効くなら、もっと非常識で毒に近いホウ砂を引っ張り出した方がバズる」

この安易な暴走は、もはや医学の体を成していません。

他人に勝つこと、ライバルより目立つことだけが目的と化し、その犠牲として人々の身体に危険な物質が流し込まれています。

反ワク医師の個人的プライドと嫉妬心を満たすためだけに、危険な実験台へと仕立て上げられる構造は、恐怖以外の何物でもありません。

次回は、そうしてホウ砂を熱心に推奨している当の本人たちが、果たして自らそれを長期間飲み続けているのかという「発信者の自己責任の不在」について迫ります。

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